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医療介護職が「政治」から学ぶべき思考

2017.5.26 キャリア
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hosokawa

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編集長の細川です。

いきなりですが、

日本国内で医療や介護サービスを提供する場合、当たり前のように保険が使われますが、

そもそも、保険制度は「普遍的で当たり前のものではない」という理解をしておくことは重要です。

その保険制度は定期的に見直し(改定)を図られ、最近では高齢化や社会保障費膨大の関係でマイナス改定がトレンドとなっているのは周知の通りです。

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そして、こうした全ての事柄に関して、その上位概念として「政治」があることは忘れていけません。

民主主義国家である以上、政治の意思決定はそのまま国民の意思になります。

特に、医療介護職は国家の保険制度により給与が発生していることから「株式会社日本国」に雇われていると言っても過言ではありません。

ただ、いきなり「政治」というドでかいテーマを扱うことは難しいので、

本日は、そんな「政治」というテーマから「医療・介護職」が学ぶべき思考に関して、興味関心がない人もおさえておくべき考え方を書きます。

「政治」の考え方からのヒント

「医療・介護×政治」について以下、私の見方、切り口で書きます。

 

しばしば感じることだと思うんですが、

 

私たちは法治国家日本に住んでいるにも関わらず、

 

同じ事柄について、政治家の見解が違ったりします。

 

何が言いたいかというと、

 

同じ憲法、同じ法律で運営されているにも関わらずに、解釈が違うのです。

 

昨今も国会内にて憲法の「解釈」が多く報道されましたが、

 

白黒はっきりしてそうで、実はグレーが多いのが現状です。

 

つまり最終的な判断は「確率論」になるわけです。

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何か意外じゃないですか?

 

私は結構意外です。

 

これで怖いのが、例えば「民主主義」の日本において数の原理に支配されてしまうことです。

 

つまり多数派が「正しい」、「強い」、「正義」みたいな考え方です。

 

例えば、間違ったことでも過半数、あるいは3分の2以上の賛成という形によって国家も運営されてしまうのです。

 

ただ、振り返ってみれば、 私たちの幼いころからの教育もそうだったと思います。

 

・最終的に手を挙げて多数決で決める。
・多数派の答えが正しいような気がして、何となくつられて手を挙げる。
・数が多いグループのほうが魅力的に映る。

 

国家運営や教育によって、こういった刷り込みがあるので多いほうが正しいと思ってしまうのは自然な流れなのかもしれません。

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間違った方向に行かないために

しかし、これには大きな欠陥があります。

 

“正しくないものまで正しいことになってしまう”ということです。

 

じゃぁどうやって物事を決めるのか。

 

簡単です。

 

徹底的に話合いをすることです。

 

今、「なんだそんなことか」と思ったかもしれませんが、

 

反証法に基づくディスカッションをするんです。

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つまり正しい立場、正しくない立場それぞれの意見を建設的に話合う方法です。

 

自分の立場だけじゃないです。

 

各々の立場に立って事象を考えるのです。

 

私は数学・物理学以外の物事は「明確な答え」なんて存在しないと思っています。

 

ここに気づくと考えが改まります。

 

世の中に存在する多くの事象は「答えみたいなもの」だと思います。

 

では、医療、介護の現場に置き換えて考えてみます。

 

例えば、「自分は〇〇法しかわかりません!」「〇〇の処置しか習っていません!」みたいな専門職にたまに出会います。

 

専門職として自分の持論を持つのは望ましいことですが、

 

残念ながらそれが答えではありません。

 

だから、学術研究などをして少しでも「答えみたいなもの」の精度を高めるわけです。

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それが冒頭でも話した確率です。

 

ただ、統計学は確率論ですから、有意差があった場合でも多くの場合それが「答え」にはなりません。

 

たまに、患者さんに対して「現在の研究では、●●さんの状態ではこれ以上機能回復しないと言われています。」

 

などとエビデンスを会話に用いる専門職をみます。

 

繰り返しになりますが、エビデンスは「答え」ではないため、断定はできません。

 

大事なのは、それを前提にして患者さんとディスカッションすることです。

 

そして、0.000000001%しかない確率だとしても患者さんが納得のいく「答えみたいなもの」を常に探し続けるべきだと思います。

 

多くの専門職は1か月ごとに計画を見直しますが、

 

1か月ごとではなく1日ごと達成確率を高め、結果を求める努力をすべきです。

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「答えみたいなもの」を追求する

話は変わりますが、私は以前政治塾で政治家の方々とディベートをして優勝しました。

 

確かテーマは「原発はいるのか?いらないのか?」だったと思います。

 

原発推進派、原発否定派の二つの立場になって話をするのですが、

 

私はどちらの立場であっても相手の政治家を論破しました。

 

なぜ必要なのか?

なぜ不要なのか?

 

この二つの立場についてだったと思います。

 

もちろん答えはないですので,「答えみたいなもの」をうまく生み出せた結果だと思います。

 

こういってはアレですが、現職の政治家の方は自分の派閥のしがらみや理念・理想があるため、何のしがらみのない若造の私が伸び伸びと発言できたという見方もできます。

 

でも、この「しがらみ」が結局は答えみたいなものを探す上で足かせになっていると感じました。

 

では、どう考えていくべきなのか私の専門である作業療法士としての立場から考えてみます。

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一つ側面だけで物事を判断しない

何度も言いますが世の中の多くのことには正しい答えなんて、ありません。

 

誰かが、「こうだ!」って言ったって、また別の誰かが「いや違うこうだ!」って言ったりします。

 

じゃあ、どっちかが間違っているのか?

 

いいえ、違います。

 

どっちも正しいのです。

 

それぞれに、一理あるからです。

 

でも、この「○○先生が言ってた」ってのを、そのまま素直に間に受けてはいけないと思います。

 

一側面だけを捉えて、それを丸々うのみにしても、意味無いです。

 

いわゆるバイアスですよね。

 

何かを主張する際は、常に、

 

・賛成派
・反対派

 

の両方の立場で考えてほしいですし、両方の意見を持っておくべきだと思います。

 

じゃあ、中立な立場になればいいのか?

 

というと、それは一番だめです。

 

ファシリテータ―は別ですが。

 

中立的な立場で発言しかできない場合、

 

一貫性が無く、軸がブレて、自分が本当に言いたい事伝わらなくなります。

 

自分の主張を通すためには、反対の邪魔な要素は言ってはいけません。

 

でも、それはあくまで1つの側面であるという事を理解しないといけません。

 

それを理解せずに、「なるほど、そうなのか」と素直に受け入れると、大変な事になります。

 

特に、一番避けてほしいのは、

 

「○○さんが言ってたから、これは正しい、これは間違ってる!」

 

みたいに言う専門職です。

 

いわゆる、「○○が絶対です」っていう人です。

 

以前、勉強会であるデモ患者さんについて皆で意見を出し合った時に、

 

ある作業療法士が「○○法的にはこうですね」しか言わなかったんです。

 

「それで先生自身の意見はどうなんですか?」

 

と、ベテラン作業療法士に向かって新人のころに言ってしまったこともありました。

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実際の臨床場面では

 

セラピストA「○○先生が××だから▲が正しいんです。」

 

セラピストB「セラピストAさんが正しいって言ってるから▲が正しいです!」

 

セラピストC「いいですか!▲は正しいんですよ!だってセラピストAさんもBさんもそう言ってるじゃないですか!」

 

セラピストD「皆▲が正しいって言ってます。だから正しいんですよ。」

 

こんな状態が多くあります。

 

言葉がキツくなりますが、「一部の人間に、大衆が煽動されている状態」です。

 

これは、煽動してる方が悪いのではなく、されている方に問題があると思います。

 

これが「思考停止状態」だといえます。

 

これは 知らず知らずクセになります。

 

皆が皆、口を揃えて同じ事を言ったら、物事を1つの側面からしか見れなくなって、

 

本質を掴めない人ばかりで溢れかえってしまいます。

 

結果的に患者さんのためになりません。

 

ですので、

 

1つの問いに対して、色んな答えが出来る様にならないと駄目だと考えます。

 

「真実はいつも1つ」

 

みたいな、思考はやめて色んな答えを考えてみるべきです。

 

もちろん、色んな答えを出して、違う要因を排除していき、結果的に1つの答えにたどりつくのは理想です。

 

色々な答えを考え出すという「プロセス」が重要と思っています。

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様々な要素から「自分の答え」を見出す

どの業界でも、長く続けてれば続けてるほど、変なプライドというものが出来てしまいます。

 

そうなると、新人が、新しい事を言っても、それを受け入れられなくなってしまいます。

 

そういう人は、「自分は正しい」(あるいは、「○○さんが言ってた事は正しい」)と思って、他をよく知ろうともせず排除してしまうのでしょうね。

 

これは非常に勿体無い。

 

ただ、そういう人の意見「も」正しいのです。でも、「正しくない」という答えも、できます。

 

その意見を一度取り入れてみるという、柔軟な姿勢も持つことが超重要です。

 

勿論、ただ主張するだけで、

 

何の根拠も無い発言には全く意味がありません。

 

だから、きちんと”根拠を持って”発言する、という事は必要です。

 

それは他人の言った事をそのまま言うんじゃなくて、

 

論文や研究、臨床経験により自分で作り上げた世界観から発言するという事です。

 

それが、本来あるべき発言なのだと僕は思っています。

 

今回の記事すらも、

 

正しいかどうかなんて分かりません。

 

なので、これが真実だなんて思わないで欲しいです。

 

ただ私は、有名な人が言ってる事は、皆(どこかは)正しいと思ってます。

 

一理あるなと思った上で、自分の主張を通す為に、違った意見を考えるクセをつけて下さい。

 

自分が正しいと思った事は、言ったらいいです。

 

もし、私が言ってる事を、「いや、それは違うな」って思うのであれば、
そう言ったらいいと思いますよ。

 

自分の主張を、しっかり根拠をもって考えて、「答えみたいなもの」を考えた上で言うのであれば、

 

恐れず、自分の意見を言ったらいいと思います。

 

むしろ、それしか「自分自身の武器」はないのかもしれません。

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おわりに

「政治」と「医療・介護」に関連する事柄に触れてきました。

 

結論から言えば「政治」も「医療・介護」も確固たる答えはなく、答えみたいなものの確率を高めていく作業の繰り返しになります。

 

こうした政治からヒントを得て、共通項を見出すことで、政治をもっと身近に感じることが医療介護専門職には求められているような気がします。

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