有力視されていた「陰謀説」
大学を卒業し、銀行に就職したさややは精神的に相当参っていました。
というのも、行く先々で悪口が聞こえるからです。
笑い声であったり、「ブス」とか「きもい」という声が日常的に聞こえて、
さややを悩ませていました。
赤の他人を含めて、ここまで一度に多くの人から悪意をぶつけられたのは初めてのことでした。
身内ならともかく赤の他人に、「今、なんて言った?」とかみつく訳にもいきません。
まるでサンドバッグになったような気分でした。
一方的に邪気や悪意をぶつけられるのです。
さややは次第に、これは皆がよってたかって私を死へ追いやろうとしている「陰謀」ではないかと考えるようになりました。
そうじゃないと説明がつきません。
人は悲しい出来事があると理由を探すそうです。
合理化は、人を癒す働きがあるのです。
さややは、世間が自分を死へ追いやろうとしているという「陰謀説」を自ら立てることによって自分を守ろうとしたのです。
あとから統合失調症という病気を知り、「陰謀説」が必ずしも真実とは言い切れないということを知りました。
しかしそれまでは「陰謀説」が真実として有力だったのです。
私は銀行の支店長に「陰謀説」を訴えましたが、理解してもらえませんでした。
そのことに対して逆恨みもしました。
「陰謀説」は、今でも時々思い出します。
短い期間にあれだけの人から邪気や悪意をぶつけられた経験は、一生に一度で十分だし、私の忘れられない思い出です。
やり場のない憎しみ
世の中には「リアル」に人をさげすむ人がいることも事実です。
多様性という言葉が広まる一方で、選民思想やヘイトというものが存在します。
さややは、「陰謀説」に登場した人たちやリアルにさややを傷つけてきた人に対しても根に持っていて、
いつか気持ちよくやり返したいとも思います。
さややの苦しみをわからせたいのです。
さややは、さややとは思えない大人な態度で、不快感や悲しみに耐えてきました。
同じ感情を、味わってもらいたいと願うのです。
でも憎しみの感情に対して憎しみで応酬するのはよくありません。
さややは、憎しみの感情を静かに自力で消化していきます。
さややのように、あふれんばかりの憎しみの感情を静かに自分の内側に秘める統合失調症患者や障害者も多いと思います。
ひょっとしたらそれが統合失調症患者や障害者の宿命かもしれません。
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いかがでしたでしょうか。
さややに共感してくださる方もおいでるでしょうし、
共感できない!という方もおいでるでしょう。
一般的に、人を傷つけるのはよくないと言われます。
障害者の目線から、人を傷つけるのはよくない、人を傷つけて欲しくないというメッセージを込めたつもりです。
統合失調症というと不気味なイメージがあるかもしれません。
不気味なイメージは否定したらいけませんが、統合失調症の当事者の苦しみに耳を傾けていただけたら嬉しいです。
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