「AIに職を奪われる」という人は「今ある現実が一生続く」と思っている

2017.8.1 キャリア, ライフスタイル
この記事を書いた人
hosokawa

hosokawa

この記事をシェア

LINE
この記事が気に入ったらいいね!

最近、筆者は人工知能(以下、AI)研究者とよく打ち合わせをする機会があるのだが、巷で言われているような案に「AIにより職が奪われる」という発想は短絡的だと感じている。

 

そういう発想の人に限って「今目の前にある現実の延長線上に未来がある」と信じている人が多いのもまた事実である。

 

筆者はむしろ「AIにより新しい仕事が増える」と思っている。

 

それはなぜか?

 

そもそも、AIと人間が持ちうる「最適解」が異なるからだと言えばわかりやすいだろうか。

 

これを、AI研究者が「シンギュラリティ」という用語を用いて説明すると以下のようになる。

 

その前にまずは、シンギュラリティという用語について整理しておくと、『AIが人間の知能を超えることで起こる出来事』という意味だという。

 

余談にはなるが、多くのベンチャー企業の拠点となる米国・シリコンバレーに「シンギュラリティ大学」という教育機関がある。

 

ここは文字通り、前例主義の教育を反証し、技術革新を生み出す大学と言われている。

 

こうしたことからも「シンギュラリティ」という用語は来る第四次産業革命のキーワードともいわれている。

(photo by Fotolia)

そもそも「最適解が異なる」とはどういうことなのか?

 

医療・介護従事者であれば記憶に新しいとは思うが、昨年東大の研究班がIBM社のAI「ワトソン」を用いて、膨大な医学論文を学習させ、60代の女性患者の白血病が治療などが難しい特殊なタイプだと10分で見抜き、適切な治療法の助言で回復に貢献した。

 

これ、むちゃくちゃ革新的。

 

さらに、これよりも少し前の事例になりますが、米グーグルの研究部門であるが開発した囲碁AI「アルファ碁」が韓国の無敵王者に勝利したことが話題になった。

 

最近では将棋やチェスのチャンピョンにもことごとく勝利しているというニュースが出てきている。

 

筆者と打ち合わせをしている前出の研究者曰く「大事なポイントは、碁や将棋のチャンピョンたちは決して間違った”手”を打ったわけではないこと」だという。

 

それはどういうことか?と聞くと、このような返答が得られた。

 

「囲碁や将棋は数ある戦法の中で最適なものを選択するんです。その戦法をより多く知り、そこから新しい戦法を生み出すことはもちろん大事なんですが、そもそも”打つ手を誤らない”ことが最も大事になります。誤らなければ彼らクラスでは負けません。でも、今回共通しているのは、AIに負けたチャンピョンたちは誤った手を打っていなかったんです。これはつまり、AIが人間の最適解を超えた違うステージでの最適解を創り出しているということなんです。」

 

これ、つまりどういうことかを筆者がハンドメイドでざっくりと描くとこんな感じになる。

 

もっと乱暴な言い方をしてしまえば、そもそも戦うステージが違うということ。

 

この出来事がつまるところ「シンギュラリティ」と言える。

 

AI自体も「ディープラーニング(深層学習)」という新たな技術が開発され、これまではある枠組みの中でしか能力を発揮できなかったものが、「判断」や「分類」など考え・応用することが可能となったことでさらなる進化を遂げている。

 

最近になって医療や介護現場でも、AIによる「ケアプランの作成」が提供開始され、ケアマネの仕事がなくなるのでは?などと話題になっている。

 

冒頭にも述べたが、このような話題が多くなればなるほど「仕事がAIに取られるのでは?」という議論になるが、筆者はその議論自体不毛だと感じている。

(photo by Fotolia)

AIと専門職がうまく付き合っていく

AIに仕事を奪われるのではないか?と思う人の多くが、SNSなどで多くシェアされているオックスフォード大学の研究を見ていると思われる。

 

このイギリスのオックスフォード大学と野村総合研究所との共同研究によると、日本で働いている人の約49%の仕事が、10~20年後にはAIに代替されるという。

 

一方、この研究を行った同大のオズボーン准教授は、「人類にとって歓迎すべき」と述べている。

 

一見すると逆説的だが、彼の説明としてはこうだ。

「かつて洗濯は手作業で行っていましたが、洗濯機の登場でその仕事は奪われました。しかし、それによって余った時間を使って新しい技術や知恵が創造された。こうして人類は発展してきたわけです。現在起きているのも同じことです。

ロボットやコンピューターは芸術などのクリエイティブな作業には向いていません。となれば、人間は機械にできる仕事は機械に任せて、より高次元でクリエイティブなことに集中できるようになるわけです。人間がそうして新しいスキルや知性を磨くようになれば、これまで以上に輝かしい『クリエイティブ・エコノミー』の時代を切り開いていけるのです」

(引用:週刊現代)

筆者はこの考え方に大いに賛同する。

 

と、いうのも前出の研究者も打ち合わせの中で「AIができないのはクリエイティブな部分」と言っているのに加え、ジャーナリスト田原総一郎氏も取材の中で、

 

じゃあ人間は必要なくなるかといえば、そうではない。人間は、感情がある。意志がある。だからこそ、いいか悪いか、好きか嫌いかを判断したり、方向性を定めたりすることができる。ここは、人間じゃないとできないことだ。これからはAIをうまく活用しながら産業を発展させていくことが問われているのだ。

(引用:日経BP)

 

と言っている。

 

そして、筆者自身はAIがそのまま医療や介護の中に浸透していくかと言えば疑問だ。

 

やはり、現場が持つ力は大きく、現場に使ってもらえない技術は新しく革新的なものだとしても意味がなくなる(無いものとして扱われる)。

 

もう少し理屈っぽく言えば、AIが医療や介護のパラダイムシフトを起こすべく技術を備え「必要条件」を満たしたとしても、結局専門職が「十分条件」を兼ね備えないことには現場には入っていかない。

 

これに関しては介護ロボットなどにも同じことがいえ、『技術革新のジレンマ』ともいえる。

 

いずれにせよ、最終的に現場で用い、現場で使うには「人間(専門職)の手」が必要になる、というのが筆者の”現段階”での結論になる。

(photo by Fotolia)

おわりに

今後、医療や介護領域にもAIは必ず入ると予測できる。

 

その中で専門職としては「新しい技術を使いこなす術」を持つことはもちろん、その前提として「新しい技術に対する柔軟な姿勢」を持つことが求められる。

\ SNSでシェアしよう! /